2022年5月15日 朝礼拝『私につながっていなさい』大賀幸一牧師

出エジプト記19:1-6 ヨハネによる福音書15:1-11

  私につながっていなさい。私もあなたがたにつながっている。4節のイエス様の言葉です。つながる、ということは、お互いがつながることによって可能となるということです。どちらか一方だけがつながっている状態では、つながっているとは言えないということです。イエス様と私たちの間にあることがらを、“つながり”と表わしています。しかし本来は、“つながり”ではなく、”留まる”と書かれています。私に留まりなさい、私の中に留まりなさい、と書かれています。つながる、という言葉の示す事柄より、中に留まる、という言葉が示す事柄の方がもっとイエス様と私たちとが深く結びついていることを、表面的にくっついているのではなく、実に深い奥底で結びつくことを求められているのです。私の話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている、とイエス様はおっしゃっています。実はその前の2節で、実を結ぶ枝はもっと豊かに実を結ぶようにと、手入れをなされる、と書かれています。この、手入れをなされる、という言葉は意訳で、本来は、清める、と書かれています。そのことを可能にしたのは、イエス様が語られた言葉にある、と示されています。イエス様の語られた言葉、福音、教えが、既に私たちを清めているのです。既に神様から私たちに向けて語られている言葉があるのです。私たちは何も心配せずに、イエス様が私たちの命の深い所まで、私たちの中に留まってくださることを受け入れるのです。神様と私たちの関係は、イエス様によって、決して途切れることのない太いつながり、堅い結びつきがあることを知ることになります。それがどんなに私たちの人生、私たちの命にとって幸福なことでしょう。イエス様の御言葉をもって始められたこのつながりを感謝いたしましょう。このつながりは、私たちに永遠の祝福を与えてくださいました。