2021年4月11日 朝礼拝『我々の寝ている間に盗んだ』大賀幸一牧師

イザヤ書65:17-25 マタイによる福音書28:11-15
  祭司長たちは、ピラトから借りた兵士たちからの報告を聞いています。ピラトの兵士たちは、既に安息日が始まっているさ中、祭司長たちがピラトに願い出て、イエス様の墓に封印をした上に、警備をしてくれるように要望し、数名の兵士が派遣されることとなったのです。祭司長たちは、兵士たちに多額の金を与えて口止めし、弟子たちにイエス様が盗まれたと言えと強要したのです。イエス様が盗まれたということは真実です。何故なら墓の中は空っぽであることは誰が見ても明らかだからです。イエス様はいなくなってしまいした。イエス様は見えなくなってしまったのです。祭司長たちは、死体が盗まれた、と言っていますが、原文には死体を表す言葉はなく、彼と書かれています。ところが驚くべきことはここから始まるのです。イエス様は女性たちの前に、男性たちの前に度々登場して人々を驚かせました。イエス・キリストへの信仰と教会は、この驚きから生まれました。この驚きが無ければ生まれなかったのです。イエス様は、その体を十字架に打ちつけながらも、霊のキリストとして私たちの前に現れました。イエス・キリストは、私たち人間のために、ご自分の体を献げてくださったのですから、墓の中ら消え去り、見えなくなったというのも分かります。イエス様は復活の後、多くの人々にご自分を表されました。死を越えた存在であることを示されたのです。人間たちは、キリストを通して、キリストに導かれて、神様のもとに帰るからです。イエス様は、時間や場所に妨げられることなく私たちのキリストとなったのです。さて、金のために人々をだまし続けることは出来ても、自分をだますことは出来ないのです。神様が与えてくださったことを受けた人々は、神様の示されたことを捨てることはできません。神様は私たちのために、イエス様をお遣わしくださいました。私たちが生きるためです。