2021年3月14日 朝礼拝『ここにいることは素晴らしい』大賀牧師

出エジプト記24:3-8 マタイによる福音書17:1-13
  光り輝くイエス様の姿。それはイエス様の存在そのものから光が発しています。天国において、神様はまばゆい光そのものとして表現されることが多くあります。イエス様の命は、命の豊かさ尊さから光り輝いているのです。ペトロたちが目撃したのは、そんなイエス様の命から発する光輝きで、神様に愛された者たちが光となって輝き、天国にある姿を見たのです。そこに輝く雲が発生し、ペトロたちを覆いました。「これは私の愛する子、私の心に適う者、これに聞け」と。ペトロたちも神様の御声を聞いたとして恐れを抱いたのでしょう。神様の御声は、イエス様が、神様によっていかに大切で愛されている方か、イエス様に聞き従いなさい、とのメッセージです。光輝くイエス様と人間との間には、明らかに大きな差があります。私たちはこの差を越えて、天国に入ることができるでしょうか。私たちの力ではとても無理そうです。ペトロたちに語り掛けた謎の声の主の力を借りなければ難しいでしょう。その方は、私たちをも復活させてくださるのです。光輝くイエス様のように、深い神様の愛を注がれて私たちの命も光輝くのです。そのために神様は、イエス様の姿を目撃させ、これに聞けと教えられたのです。私たちの行く道は、イエス様に聞くことです。イエス様の命の輝きは、天の神様から実に深く愛されているからです。イエス様と天の神様との間は何も邪魔するものなく深くつながっているからです。私たちの命もその輝きを取り戻す道は、いかに神様に愛されるかです。神様はいつでも私たちを愛し続けていますが、私たち自身がその神様の愛を遮るように自ら影を作っています。しかし天の神様が私たちに与える道は、イエス様に聞き従う、ということなのです。神様は必ず私たちを引き上げてくださり、私たちの命を変えてくださいます。