2020年10月4日 朝礼拝『すべて神に向っている』大賀幸一牧師

箴言3:16-18 ローマの信徒への手紙11:33-36


  ああ、神の富、知恵、知識のなんと深いことか、と冒頭から示されています。そして、神様の定めを究めること、神の道を理解し尽くすことがいったい人間の誰にできるものでしょうか、できるわけがないとローマ書は訴えています。新共同訳では、神の定め、となっていますが、本来は、裁き、神の裁き、と訳されるべき言葉です。誰も神様の裁きも道も知ることのできる人間はいない、とパウロは結論しています。何故そう思ったのかは、今日の個所の前11章25節から始まる神様の秘められた計画についてのお話があります。ユダヤの人々が頑なになったのは、ユダヤ人以外の人々が神様から救われ、恵みを受けるためだったのです。これまでユダヤの人々が、神様の恵みを独占していました。ところがそのユダヤの人々が頑なになって、神様のなされることに反対し、神様を非難するようになって、これまで日の当たらなかったところに光が当てられるようになったのです。神様の選ばれた人間としてのユダヤの人々が頑なになることで、神様の恵みは世界中に広がるようになるという、なんという不思議な神様の計画でしょう。ではユダヤの人々はどうなるのか。彼らは神様の計画を否定したのだから捨てられてしまうのでしょうか。いえ、決して捨てられることはありません。11:29、神の賜物と招きは取り消されないものなのです。取り消されない、ということです。一度神様の恵みを受けた人は、神様に愛された人は、決してその恵みを、その愛を取り消されることはありません。そして、今神様の前に頑なになっているとしても、それは大切な理由があるのです。今神様から遠く離れているとしても、そこには神様の立てた秘められた計画があるのです。それ故に36節、「全てのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向っているのです」。全ての命、出来事は、神様から始まっています。そして、神様によって保たれ、導かれています。そして遂に最終的にはみんな神様に向って進むのです。みんなのゴールは神様なのです。神様が待っていて、迎えてくださるのです。