2018年11月25日 朝礼拝 『あなたがたは既に清い』大賀幸一牧師

サム下5:1-5、ヨハネ福音書15:1-17

1)わたしにつながっていなさい 
 わたしにつながっていなさい、とイエス様はおっしゃっています。つながりが切れてしまってはいけません。つながりがあること、つながりつづけていることが大切です。たとえばみなさんは何とつながっていますか。皆さんがつながっているもの、それは例えば、”母“です。この大事なつながりがあって、私たちの命は養われました。そして、生まれて来ました。またわたしたちは、大切な家族ともつながっています。他にはどんなものとつながっていますでしょう?たとえば今日の聖書に出て来る、葡萄とはつながっていますか?わたしたちはつながっていないですね。バナナとも、リンゴともつながっていません。他には、皆さんのつながっているものはありませんか?私の場合は、猫とつながっています。ちゃんとつながっているととっても良いことがあります。すばらしい実り、収穫、恵みがいっぱいあります。つながっていないと素晴らしい実りを得られないのです。だから、ちゃんとつながっていることをこれからも大切にして行きましょう。そういえば、私たちは大事なつながりを忘れていました。わたしたちは、神様の教会、イエス様とつながっています。

2)わたしの話した言葉によってあなた方は既に清い 
 ちゃんとつながっていないとどうなるか、イエス様は教えています。実を結ばない枝は父が取り除かれる、とあります。「いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる」、ともあります。実を結ばない枝は剪定され、切り取られてしまいます。“手入れをなさる”というところの本当の意味は、“清める”ということなのです。悪い枝は切り取られて無くなってしまうのではありません。いよいよ豊かな実を結ぶように清められるのです。どうやって清めるかというと、イエス様は、イエス様の話した神様の御言葉によってみんなはもう既に清められています、とおっしゃっています。イエス様のみ言葉が、わたしたちを豊かにするために清めているのです。

3)わたしに留まりなさい 
 イエス様はわたしたちにおっしゃいました。わたしにつながっていなさい、と。つながっていなさい、という言葉の本当の意味は、“留まる”なのです。わたしに留まっていなさい。ちょっと分かりにくいですね。でも神様、イエス様とわたしたちのつながりは、細いひものようなもので、つながっているのではありません。わたしたちは、神様の大きな愛の中に今も入るのです。わたしたちは、いつも神様の愛の中にあるのです。皆神様の愛の中にあります。イエス様は、わたしたちに互いに愛し合いなさいと教えておられます。私たちがつながっているのは、私たちの知っている人、仲の良い人、大事な人だけではありません。わたしたちまだ知らない人、嫌いな人、苦手な人、憧れの人、皆と私たちはつながっています。みんなとつながっていると、とても良いことがあります。わたしに留まっていなさい、イエス様はおっしゃっています。